徒然なるままに 27. 人生のターニング・ポイント | 市川内科医院のブログ│実験室

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徒然なるままに 27. 人生のターニング・ポイント

2023年11月17日

誰にでも、人生を左右する分かれ道はあるという。たまたま右に折れたか、左に折れたかで全く違った生活を歩むその面白さを書いてみる。

診療科:卒業後は電気生理学をやりたくて、医学生時代は耳鼻咽喉科医局の研究室に出入りした。卒業後は耳鼻科の入局を希望した。卒後国家試験に合格して医者になったが、当時の信州大学の青医連は入局ボイコットで、たまにアルバイトするぐらいで、青医連の会議に出席したりしていた。よその大学に移った同級生はさっさと身分を固めて、大学の医局や大病院の研修医になっていった。

ある日、宛てもなく青医連ルームでたむろしていたら、外科系希望の2人の同級生が、「これから小諸の病院に就職の相談に行くから、お前も行かないか」と説得された。私は、外科医になる自信もなかったのだが、「ただ行くだけでいいから着いてこい」の一言で、のこのこ着いていった。

外科医希望の2人はすんなり就職が決まった。私がぼーっとしていたら、内科の大先生が「内科の知識は何科に進んでも役に立つ。将来耳鼻科に進むしても当面内科をやるのは無駄なことはない。それに当院はいま内科医がいなくて困っている。私が教えて上げるから、暫く内科医やったら?」と説得され、なんとなく内科臨床医らしいことをやることになった。。

小諸では約1年半内科医をやり、このころは青医連も解体しほとんどのクラスメートは大学医局に所属してしまっていた。いつまでもきちんと研修せずに遊んでいる訳にも行かず、「大学に帰ったら私は耳鼻科に入局するつもり」と当時親しくしていたレントゲン技師や先輩の内科医に話したら、「今更内科以外の医者になどなれない」と脅かされて、ずるずる大学の 第2内科に入局することになった。それから50年経ち、今ではあの時の判断は間違いなかったと思うようになった。それにしても、青医連ルームで友達に誘われ、のこのこ小諸に着いて行かなければ、私の人生は変わっていたはずだ。

研究も好きだったが、電気生理は諦めて内科では生化学分野で試験管を振った。面白い結果が出かかったが、教授の退官に合わせて学位がとれたので、医局のお礼奉公でその年から市中病院に出向した。1年後大学の戻るように指示されたが、市中病院の気楽さに負けて、そこに数年いて開業してしまった。今考えれば、すごく安易な医者生活を送ったものだと思う。

断酒:若いころは大酒を飲んだ。人によって適正飲酒量は異なるが、経験的には大酒のみの男性は大体75歳前後で消化器ガンになって死ぬ人が多い。今から10年前、足趾の爪白癬の内服薬を約1ヶ月間飲んだらひどい肝障害になった。好きだった酒も止め、爪白癬の内服薬も中止したが病状は全く回復しなかった。総ビリルビンとアルカリフォスファターゼ値が異常に高くなり、肝臓の権威の清澤研道先生に助けて頂いた。その時「今回の病気は薬剤性肝障害だが、君の肝臓は永年の大量飲酒で、固くなっているから即刻断酒するように」と言われた。「このまま飲酒を続ければ、早晩慢性肝炎から、肝硬変、肝細胞がんに進行するだろう」とも言われた。そう言われて、薬剤性肝障害が治ってからも、酒は止めた。あれから10月年経つ。あの時酒を止めていなければ、今頃体はぼろぼろになっていたことだろう。もしかしたら、がんになって死んでいたかもしれない。あの時、爪白癬にならなかったら、爪白癬の薬を飲なまかったら、清澤先生に診てもらわなかったら、先生の指導にも拘らず酒を飲んでいたら、人生のいろいろな分かれ道をうまく通ってきた幸運を、今かみしめている。

過去から現在までにアルコールが人類に被(こうむ)った経済的損失はどれほどだろう。飲酒も文化の一つだと言ってしまえばそれまでだが、アルコールが文化や文明にどのくらい悪影響を及ぼしたか計り知れない。世間一般がアルコールの害を認めて、万人が幸福を感じられる世界が一日も早く来ることを願うのみである。

今となっては、断酒は私の哲学になった。医者をやりながら患者に断酒を説くことが、私の生きがいでもあり励みでもある。清澤先生に倣って大酒家の患者の肝臓を触診するようにしているが、正常者と比べて硬くなっている人が多い。肝硬化は容量依存的に進行する。一度固くなった肝臓は酒を止めてもすぐに柔らかくならない。ただ、病期が進んでいなければ、酒を止めれば少しは回復することもあるそうだ。もう一つ加えれば、アルコール性肝障害は肝臓の触診だけが唯一の診断方法で、肝機能の数値は全く意味がないそうだ。γ‐GT AST、ALT が正常だからと言って、肝障害がないとはいいきれない。さらに、どんなに少量でもアルコールはヒトの体を蝕む。容量依存性であり、女性ほどアルコール感受性が強い(障害が起きやすい)。ヒト(男性)が一生に飲めるアルコール量は、エタノール換算で200kである。一日2合の晩酌を25年続けるとこの量に達する。飲酒はお祭りとか友人との会食など、ハレの日だけに留めるのがよいようだ。

私の肝臓はこれ以上悪くなっていないない(場合によっては、全く酒を飲まない人と同じくらいに柔らかくなった)事を、信じて日々断酒に励んでいる。「歳をとって酒を飲むことぐらいしかやることがなく、早く死にたい」と訴える患者がいる。「私にとって人生は「生きてなんぼ」の世界である。「あれもやりたい、これもやりたい」といつも願っている。 誰にも迷惑をかけず、自分の生活は自分で支えて、しぶとく生きるつもりである。

 

 

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