ゆく河の流れ 14. 私とラジオ その4.
2025年4月6日
大学生活は松本で送った。どうしてもFM放送が聴きたくて、FM受信器を自作した。高校時代に真空管 (ST管)でAM放送のラジオを組み立てたことがあったので、コイルキットを購入してFM受信機を作成した。これまで聞いていたAM放送と比べ、音質が格段に良くなった。わたしのオーディオ装置も少しずつ充実していった。NHK FM はクラシック音楽の番組が多く、私の音楽の趣味とも重なってFM放送が病みつきになった。このことは現在まで継続していて、私の居るところでは一日中FM放送が鳴っている。いま日曜の午後3時20分 だが、部屋には NHK FM の「掛ける クラシック」が流れている。
音楽は好きなのだが、私は審美眼が足りない。クラシックの名演を聴いても、その音楽の何が良いか判断ができない。いろいろな演奏を聴いて、審美眼を養おうと思う。少しでも音楽鑑賞の役に立とうと、最近ピアノ教室に通い始めた。目的がかなうまでには、10年以上かかかりそうだ。
最後に、ラジオに出た話だ。いまから 30 年ほど前、SBC ラジオ「こんにちは ドクター」に出た。那須アナウンサーがデンスケ (小型の録音機) を抱えて私の医院に表れ、殆ど練習もなく収録が始まった。テーマは「山登りと健康」だったと思う。山の自然の話になり那須さんがいきなり「春の樹木でも、紅葉する種類がありますよね」と質問してきた。突然振られて適切な樹種が思いつかず「コナラの芽吹きも赤みを帯びますよね」などととんちんかんなことを答えてしまった。後で、カツラと答えればよかったのだが、後の祭りであった。後は、テレビ信州 「あなたもホームドクター」に2度ほど出たが、ラジオやTV出演は苦手だ。
以上、ラジオを 「聴いて」「 作って」 「 出た」 話でした。長いお付き合い有り難うございました。