私の本の読み方 17.NATURE FIX 再掲載
2024年4月26日
NATURE FIX のことは 2023.12.31 のこの欄で取り上げました。昨年の中高医師会報(たかやしろ)のテーマが「私の健康法」だったので、そこで NATURE FIX の読後感想文を書きました。それがたまたま長野県医師会報の編集委員の目に留まり県医報に転載されました。ここに掲載された文章をお示しします。
これまでに、私が中高医師会報に書いて県医報に転載されたことは2回ありました。一度目は「タカネビランジ」で、南アルプス烏帽子岳で見つけてみた美しい高山植物の話、そして「山で食べる甘夏」は私の山行スタイルを書いた文です。40年の間に3回も転載してもらって、有り難いことと思います。 以下、本文を添付します。
ネイチャ―・フィックス
一冊の本を紹介します。 「NATURE FIX」フローレンス・ウイリアム著 「自然の中に身を置くことで、心身ともに健康になる」ことを説いています。導入部は窓から樹の緑が見える病室の患者は治りが早いこと、緑の多い刑務所の囚人は、囚人同士の諍いが少ないことから始まります。
続いて、「森林浴」の説明が出てきます。この和製漢語は1982年、時の林野庁長官・秋山智英が付けたのが始まりです。その後、この概念は日本の学者(千葉大学の生理人類学者・宮崎良文教授)が2003年に「森林セラピー」と名付け、科学的に森林浴の効果を証明しました。宮崎は唾液中のコルチゾールや、血圧、心拍数を測定して、森林浴をすることでストレスが減弱する事実を発見しました。今や「森林浴」は、世界共通語になっています。その概念が韓国の自然協和政策に影響し、シンガポールやアメリカ本土、そして全世界に定着しました。一方、昔からずっと自然に親しむ生活を送ってきた国も多く存在しました。この本は、著者がそれらの国を回って、得られた知見を記したルポルタージュです。
「森林浴」と聞くと、なんとなくスピリチュアルで胡散臭い思考かと考えられますが、あながちカルトではないように思います。その理由として、以下のような事実が存在します。新人類が誕生して20万年経ちました。原人、旧人を含めれば、約200万年前から彼らは森の中で生活してきました。森の中で食料を得、森の中に潜むことで外敵から身を守ってきました。1万5千年前に農耕が始まり、一部の人類は森から出て生活するようになりました。 15,000/200,000=0.75% そんな短期間に、ヒトのDNAが変わるはずがありません。
森林浴に効果を及ぼす因子は、さまざまあげられています。たとえば、「緑色」が視覚に訴える、フィトンチッドの化学作用、森林が持つ幽玄さ、等々。これまでのリサーチで言い尽くされているので、ここでは省きます。
この本で私が興味を持ったのは、フラクタル・パターンと脳の活性化です。例えば、海岸線の長さを測ろうとすれば、より小さな物差しで測れば図るほど、大きな物差しでは無視されていた微細な凹凸が測定されるようになり、その測定値は長くなっていきます。リアス式の海岸線を上空から眺めた時のパターンと、海岸線により近付いた時に見えるパターンは同じで、さらにそれを拡大していっても同一です。自然界はこのパターンで構成されており、そのパターンを思い浮かべることで脳が活性化されるのだそうです。自然界のフラクタル次元は0から3次元の無理数で、例えば、実際の海岸線フレクタル次元は1.1から1.4の間だそうです。自然界の事物は、物差しを小さくすることで、その大きさは無限に長くなります。
ジャクソン・ボロックと言う画家がいますが、彼の抽象画はそのフラクタル・パターンが描かれており、自然を模したイメージだそうです。彼が描いた抽象画を眺めていると、心が落ち着くそうです。(残念ながら私にはそう感じられなかった) フラクタル図形(マンデブロの集合)の事物を表象するとき、拡大率を上げて行っても、常に同じパターンが繰り返されます。フラクタルは、それらが「入れ子」の構造になっているのだそうです。入れ子と言えば、ロシアの入れ子人形「マトリューシカ」を思い浮かべます。人間(動物)には、もともと概念的にフラクタルがすり込まれているようです。
良寛禅師は、「あは雪の 中にたちたる 三千大千世界(みちおうち) またその中に あは雪ぞ降る」と詠じられました。滋賀県 西光寺 森本 光瑛師の解説を読むと、「春の雪が降ってくる空を見上げると、やがて大宇宙があらわれてくる。その宇宙をじっと見つめると、中に淡雪が降っているではないか・・・・。およそものの尺度など相対的だと説く仏教の宇宙観だ。ケシ粒一つに世界が入るという禅問答もある。これも仏教の哲理として信じたいものです」とあります。良寛禅師は自然界が入れ子構造で出来ていることを、見通しているのです。フラクタルの思想は、普遍的なものなのでしょう。
私は努めて自然に触れるように心がけています。できれば手つかずの自然に触れ合いたいと思います。自然に中に身を置くとき、自然界の大きさ、言い換えれば「畏怖」のようなものを感じます。広大な大自然を経験したあと、日常の生活に戻ると、不思議な満足感に包まれます。NATURE FIX の内容に、アフガン戦争に従軍してPTSDで心を病んだ女性兵士に、数日間の危険なラフティングを経験させ、健康を取り戻していく様子が記載されていました。
大自然の持つ畏怖感覚は言葉に表しがたいものですが、危険とか恐怖を克服した後の満足感は、精神をリラックスさせます。探検家や登山家が耐えがたい経験をしても、帰還すればまたチャレンジしたくなるのは先の理由でしょう。雄大なものにもヒトは心を引かれます。以前、月食を見ていて感じました。月が完全に地球の影に入った後も、地球の周りの大気圏を通過してきた淡い光で月が赤銅色に染まっていました。時間がたつにつれ月の辺縁の一部が明るくなり始め、それが徐々に広がっていく様子を観察して、ダイナミックな惑星(地球)と衛星(月)の立体的な動きが経験できました。正確には月が地球の周りを回っているのですが、いま自分が乗っている地球が、すごい勢いで移動しているような感覚に襲われました。そのような宇宙の動きを体感することもネイチャー・フィックスです。
現代生活では、積極的にネイチャーに触れ合うことは、徐々に困難になっています。私は自然と触れ合うと体調が良くなるように感じるので、毎日時間を決めて山を歩くようにしています。夏は暑くて里山を歩くのは辛いので、時間が取れるときは、標高の高いところまで足を伸ばします。幸い中野市からは身近な所に志賀高原があります。若いころは体力にまかせて2000m級の高峰に登りましたが、最近はもっぱら手軽なハイキングコースを歩いています。志賀高原には数えきれないほどのコースがあり、一つひとつ踏破するのは楽しいことです。蓮池の志賀高原総合会館98か信州大学自然教育園に、詳しいパンフレット(2023 SHIGAKOGEN)が置いてあるので、それを参考にするとよいです。私のお勧めは角間川渓谷の幕岩です。対岸から見上げる大岩壁のスケール感に圧倒されます。さらに、パンフレットに載っていなくても、たいていのゲレンデには遊歩道や作業道があるのでそこは自由に登れます。涼風に吹かれてのんびりゲレンデを歩けば心身ともにリフレッシュできます。
ネイチャーを感じるものとして、プールや海などでの水泳もあげられると思います。生物の起源は海でした。そしてヒトの胎児は羊水の中で成長します。私は水泳をすることで精神の安定を感じます。プールでの水泳も楽しいけれど、海水浴はもっと精神をリラックスさせます。足の立たないところをゆっくり泳ぐと、その浮遊感が気持ちよいです。多少の恐怖があっても、水から上がった時の達成感が精神をリラックスさせます。