ゆく河の流れ 59. 「させて頂く」問題
2025年9月30日
問題にしているのは私だけなのですが。 毎度、しつこいようだけど言わせて貰います。 (私は死んでも「言わせて頂く」とは言わない)
今朝のニュースで、秘書給与をだまし取った参議院議員が検挙され、議員がSNSで「司法の捜査に協力させて頂く」と言っていた。そこは「協力する」だろう。 「させて頂く」は、協力したくないけど、世の中の人が「しろ」と言ったから、仕方ないからする」との意思が見え見えだ。
最近の日本語の乱れは甚だしい。「存じあげる」「人が亡くなる」・・・・ etc. 「存じ上げる」 は、対象物(者)に敬意を表して使うのであって、聞き手を尊敬している訳ではない。 「亡くなる」は、いつの間にか「死ぬ」の丁寧語になったが、本来は尊敬語のはずです。対象が公人や身内、仲間なら「死ぬ」でしょう。自分やペットまで「亡くなる」と言う世の中・・・・ 嘆かわしい!10/2 追記 今日のラジオ 視聴者の投稿 「木の下の方に 生った柿はハクビシンが頂いていきました」だって! 泥棒ハクビシンに敬語を使うことなんかないです。「頂くは」いつの間にか「食べる」の丁寧語になった。
最近ラジオを聞いていて、敬語、謙譲語、丁寧語の誤用、あるいは使い過ぎが気になって仕方ない。私が神経質すぎるのかも知れないが、どうしてそのようになったのか考えた。世の中、他人(ひと)との交わりか希薄になったためだと思う。私が子供時代は、今より家族を含め他人との関係が濃密だった。常に相手の気持ちを勘案して、コミュニケーションでトラブらない様、気を遣ったものだ。それが、最近は一人(ひとり)でスマホやSNSやTVに没頭して、生身の人間と接触しないで過ごせる。先ほど述べた3種の言葉の使い方が良く分からないので、「取りあえず丁寧にさえ言っておけば間違いないだろう」と思っているのではないか。そのような訳で、世の中が敬語、謙譲語、丁寧語であふれているのだ。
今回のテーマとは違うが・・・ 唱歌「あかとんぼ」は、歌詩の中では・・夕やけ小やけのあかとんぼ・・・と歌われるが、正しい日本語は 「あかとんぼ」です。山田耕筰の故郷では「赤とんぼのアクセントはアカトンボだから・・」との好意的な見解があるが、やはり作曲者は正確な日本語にのっとって作曲してほしかった。山田耕筰は日本のクラシック音楽の草分けです。当時の作曲家は日本語のアクセントには無関心だったようです。その後、日本の歌曲はアクセントに忠実に作曲されるようになったのは喜ばしいことです。 ドイツリードだってドイツ語のイントネーションに忠実だと思います。オペラでは言語で歌われます。 あと、「ひょっこりひょうたん島」の歌名をアナウンサーはたいてい「ひょっこりひょうたん島」というが、これも違和感があります。「ひょっこりひょうたん島」が放送されていた当時、番組名は正確に「ひょっこりひょうたん島」と言っていました。 正しい日本語を話す会会長 市川董一郎
10/3 追記 「クマ」は最近NHKでは「クマ」のアクセントが標準になりました。そのNHKで野生動物専門の先生が「クマ」と話していました。 「ブナ」も気になります。私たち雪国育ちはは昔から「ブナ」と言っていました。





















