320 ゆく河の流れ 81 信州の皆さんと言うな。今は江戸時代ではない
2025年11月21日
今や長野県民でさえ「信州人」という時代だ。県が首都圏で主催する物産展でも「信州物産展」と称している。長野県物産展でいいではないか。今は令和の時代だ。江戸時代ではない。信州と聴くと、田舎者を連想する。信州が好きな長野県民は自虐的なのだろう。 かくいう私の出身大学は信州大学だ。終戦後 (そもそも、私はこの言葉が嫌いだ。潔く敗戦を認めて、敗戦後と呼びたい)に新制大学が発足したとき、各県最低1校の国立大学を長野県では信州大学と決めた。全国には国立大が多数あるが、信州大以外は旧国名を名乗る大学はない。信州と並んで全国的に名が知られる国は上州だが、上州大学とは言わず群馬大学だ。山梨は甲州大学とは言わない。信州と聞くとなんとなく田舎者のイメージがある。信州大学は各地に散らばる専門学校が前身である。医学部は松本医専、繊維学部は上田蚕糸、教育学部は長野師範、農学部(伊那)と工学部(長野市)は知らない。各地に学部が点在するからタコ足大学と呼ぶ。タコ足大学も悪くはない。スポーツや芸術部活で対抗試合をやると、他の学部の有る町に行く事になる。泊まれば夜の街を飲み歩いた。自分が通う学部のある町には無い楽しみがあるのだ。 ちなみに、各県に国立大学があるから、それを駅弁大学と呼ぶ。(信州大学はその最たるもの) 信州大学を早く長野大学としないものだから、私(わたくし) 立の長野大学が出来てしまった。 ついでに、 長野高校の話、かなり前だが、長野市立皐月高校が市立長野高校と名を変えた。元々あった長野高校は県立長野高校としたいところだが、長野県立の高校は全校長野県立何々高校ではなく、長野県何々高校なのだ。それ故長野高校は「長野県長野高校」なのだ。
信州と呼ぶなと言いながら、長野電鉄の駅は信州中野駅だし、高速のインターは信州中野インターだし、税務署は信濃中野税務署、信州中野郵便局・・・・・ううん、悩ましい。そもそも、東京に中野があるからいけないのだ。これを八つ当たりという。





















