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378 祇園精舎の鐘の声 その10. 中野町の映画事情

2026年2月4日

私が子供の頃、町内には2軒映画館があったが、小中学生は自由に映画を見せてもらえなかった。たまに、学校指定の映画を映画館に見に行ったことと、巡回映画が学校で定期的にかかるのが唯一楽しみだった。そのような訳で映画は見たかったが、思いは叶えられなかった。高校は長野だったけど、学校祭で見たシェーンとウェストサイド・ストーリーが印象に残る程度だった。大学に入って、県外から来た友人たちが実によく映画を見ていたのを知った。友人たちに誘われてよく映画館に行ったが、私はもともと映画の鑑賞眼が無くて、「映画は難解」といつも感じる。中年以降配信やビデオでたまに見るくらいで、いまに至っている。

前にも書いたが、久石譲は父親が高校の教師で、子どもの頃から映画に親しんでいたそうだ。当時の高校生が映画館に出入りするのを取り締まるために、久石の父は定期的に映画館に足を運んだ。その時久石も映画館に連れて行ってもらい、そこで映画を見たそうだ。最後は、久石単独で映画館に出入りすることができたそうだ。この経験から、あの大作曲家が生まれた、と久石は回想している。

中野町の子供は映画館に自由に出入りできなかったことが、久石を大作曲家に育て、我々凡人が年とっても「映画」「音楽」の文字通り「音痴」を育てたと思うと悔しい。

 

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