線虫 | 市川内科医院のブログ│実験室

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線虫

2022年11月11日

高校時代に所属していた生物班の班誌は「吉丁虫(たまむし)」でした。生物班のOB達が「ウバタマムシ」という会報を出しています。それに、投稿した文章です。長いので、暇があったら何回かに分けて読んでください。

「線虫」   市川董一郎

はじめに:園芸好きなので、毎年フラワーポットにニチニチソウを植える。ポットの土は毎年使いまわして、肥料を加えるだけで使用している。数年前からその年に植えたニチニチソウの葉が、萎れて枯れる病気が出始めた。当初は一部の株だけだったが、最近は植えた株全部が枯れ死してしまう。何かの細菌かウイルスの病気かと思ったが、園芸好きの友人から「線虫が感染して発症?する」と教えられた。写真1は昨年のフラワーポットの様子である。左は元気な苗、中は半分侵された苗、右は全部侵された苗である。「立ち枯れ病」というが、原因が線虫だとすると、線虫は土の中に潜んでいて冬を越し、翌年植えたニチニチソウの根に感染するらしい。そのような訳で、今年はニチニチソウは植えなかった。

最近、面白い本を読んだ。「くだらないものが わたしたちを 救ってくれる」である。韓国の線虫学者「キム・ジュン」が書いた本で、彼は線虫を使ってゲノム解析の研究をしている。この本は生物学を研究する著者の苦労話をまとめたものだが、ウバタマムシの読者には専門性に欠ける。それを補う教科書として、「人体寄生虫学提要」(横川定・ら著)を読み、知り得た知識をここに記す。(写真)   参考資料は先に挙げた成書と、あとはWeb.である。(論文だと許されないが、本文章はエッセーだからお許し頂きたい)  線虫は動物学的には、蠕虫類 線形動物 線虫類に分類される。線虫類は大群であって、1960年代の知見でも約8万種にのぼる。自活種は海水、淡水、湿地及び腐敗有機物など地球上のあらゆる所で自活し、あるいは寄生する。寄生種は植物及び動物に寄生し,動物では脊椎動物のみならず無脊椎動物にも寄生する。

多くの線虫は長さ1mmほどだが、人体に寄生する線虫は長さ1mに及ぶものもある。形態は細長く中央部がやや太く、両端に向かって細くなり、先端はやや尖るものが多い。線虫は地球上に広く分布し、その数は5垓匹(5×10の20乗)に達すると言う。菌類(カビやキノコの仲間) や細菌類を食べて成長する種が多く、もし線虫がいないと地球上は細菌やカビだらけになってしまうそうだ。

一般的に線虫の寿命は短く、たとえば大腸菌を餌とする Caenorhbditis elegansは2~3週間程度である。孵化後2~3日で150~300個の卵を産み、この卵も3日もすればまた卵を生む。世代交代が非常に早いので、突然変異やゲノム解析を使う生物研究には好都合である。線虫は環境の変化には非常に強く、シベリアの永久凍土の中で4万2千年も生き延びた線虫がいたと言う。

自然界の線虫:線虫は自然界ではかなり広範囲に分布している。「くだらないもの・・・」の著者は、生物に興味のある市民や子供たちに公園や山地の腐葉土を観察させ、線虫の存在を確認したらサンプルを持ち帰らせて、研究室で培養して自分たちの研究に利用できるかどうか調べるそうだ。どこにでも線虫がいることを示す事例である。

私は生物班ではプランクトン班に所属していた。街中の汚水が流れ込むような池(たとえば長野市吉田の辰巳池など)で、湖岸のコンクリート壁に付着した汚泥を観察したことがある。100倍の視野いっぱいに細長い虫が、アルファベットの“I”や“C”や“S”になってピョンピョン跳ねていた。「気味の悪い虫だなあ」と思ったが、それが何であるかは分からなかった。(あとになって、保育社から「淡水プランクトン図鑑」が発刊されたが、今それを見ても線虫は載っていない。) 今にして思えばそれが線虫であった。

 

 

 

 

植物に寄生する線虫:植物で最も有名な線虫被害は、マツノザイセンチュウによる「マツの材線虫病」である。クロマツが最も侵されやすいが、最近はアカマツも線虫病で枯れ死するようになった。日本海岸から徐々に南下しながら標高を上げた線虫病は、現在長野県では標高800m位まで及んでいる。最近、筑摩山塊、特に麻績村、筑北村あたりの里山のアカマツが大量に枯れ死にした。(写真)  マツノマダラカミキリが線虫を媒介するが、線虫がマツを枯らすのではない。マツノザイセンチュウは青変菌を餌としている。青変菌は細菌類ではなく菌類(カビ・キノコの仲間)である。青変菌を持っている線虫がマツに生着すると、線虫に付着した青変菌がマツを枯らすのである。なお、青変菌がマツの材を青く染めることで、感染が確認される。このことを知って今になって考えてみると、枯れ死したマツ材が青く着色しているのを見かけた記憶がある。ひと頃、枯れ死したマツを伐採し、殺虫剤を散布してからビニールシートで覆っていたが、今はあまりに被害樹が多過ぎるせいか枯れ木は放置されている。

冒頭の、ニチニチソウの線虫病に戻る。友人は園芸店の専門家に教わったそうだが、他の資料を見ても線虫の「せ」の字も出てこない。Web.では、「立ち枯れ病」とあり、ある記事では、原因は「糸状菌、つまりカビ」と書いてあった。「発生を防ぐには土壌の殺菌」とも記載してある。私の経験から、ここでは線虫説とその推論を書く。立ち枯れ病の原因菌は冬を越すので、フラワーポットを使いまわしていると、年ごとに感染するポットが増える。たまたま清潔なポットがあっても、どこかに病原菌があると次々と健康な株にも広がる。このことから、時間の経過で感染が広がる、つまり病原菌は自走する。この事実から、細菌やウイルスやカビは考えられない。しかし、線虫だとするとどうして根に感染してニチニチソウを枯らすのだろうか。線虫が根や茎の管束に入り込むとは考えにくい。「マツ材線虫病」と同じように何かの菌類(あるいは細菌類)との共生が考えられる。菌類を持っている線虫がニチニチソウの根に付着し、その菌類がニチニチソウを枯らす・・・と言うメカニズムはどうだろう。植物体の構造と線虫の大きさから、恐らく線虫単独の感染ではないだろう。何方か、詳しい感染形式をご存知の方は、教えて欲しい。

あまり線虫とは関係のない話になるが、「ブナ科樹木萎凋(ちょう)病」(別名、ナラ枯れ病)と言うブナ科の樹木を枯らす病気がある。ウバタマの読者には釈迦に説法なので、ここではキーワード(カシノナガキクイムシ、ナラ菌  etc.)だけを記載する。原因生物は「もしかしたら線虫か?」と思い、いろいろ検索してみたがそのような記載は見つからなかった。

動物に寄生する線虫:動物界では線虫だけで感染は成立しうる。ヒトで最も知られる線虫病はフィラリア症である。フィラリア症は熱帯、亜熱帯の感染症で、かつては日本では沖縄から鹿児島県の風土病であった。今は撲滅されてヒトの抗フィラリア剤も日本では入手困難である。最近になって「COVID19肺炎に効くのではないか」と話題になったイベルメクチンも、元は抗フィラリア剤である。フィラリア症はアカイエカなどの蚊に刺されて、ミクロフィラリアが血管を通して体内に住みついて発症する。ミクロフィラリアはリンパ管に入り込んで、リンパ管を閉塞する。下肢のリンパ管を詰まらせることが多く、経過とともに下肢が肥大する。あたかも象の四肢のようになるので、「下肢象皮病」と呼ばれる。陰嚢のリンパ管を侵すと、陰嚢が極端に肥大(陰嚢象皮病)し、はなはだしい場合は陰嚢の重量が60kgを越えると言う。

イヌ・フィラリア症は本土でもごく一般的である。1977年ごろだったと思う。大学医局時代に循環器に関する動物実験で、誤って死んでしまったイヌの心臓を開けたことがある。(今では動物愛護の見地から許されないことだが、半世紀近く経った出来事なので、時効にさせて貰う) 心室内は長さ5cm位のイヌ・フィラリアでびっしり詰まっており、あたかもそれは素麺がからんでいるようだった。そのフィラリアが、もごもご動いていて気味が悪かった。

1988年頃だった。私は柴犬の雑種を飼っていた。屋外で犬を飼うとフィラリア感染で短命であることを知り、予防と治療を兼ねて抗フィラリア剤を犬に飲ませたことがある。当時はまだヒト・フィラリアは撲滅されておらずヒトの抗フィラリア剤は数種市販されていた。何を使ったか?思い出せないが、体重換算で投与量を決めて、夕方餌に混ぜて飲ませた。翌朝、イヌはすやすや寝ていて、起きる気配がない。2日ほど後、朝みたら元気に尻尾を振っていた。それに懲りて、私はイヌにフィラリアの薬は使わなくなった。現在は、ペットブームで、イヌ・フィラリア症の予防・治療薬は多数市販されている。愛犬家の方、とくに屋外で犬を飼う方はWeb.を見て下さい。

ヒトに感染する線虫はフィラリア以外に、蛔虫、鉤虫、蟯虫などがある。今回調べてみて、私たちに馴染みのある ? 寄生虫の上位3種が全て線虫類であることを知り驚いた。私が小学生だった1955年ごろは、蛔虫症はごく一般的であった。学校でお腹が痛いと言って保健室に行くと、保健室の先生は蛔虫症を指摘した。蛔虫は体長20~35cmで小腸に寄生し、雌虫は1日の25万粒の受精卵を産卵する。成虫は時に大腸を経て、(排便を伴わなくても) 肛門から逸脱することがある。その結果はどうなるかは、ご想像にお任せする。

日本の鉤虫症の原因種はヅビニ鉤虫(やアメリカ鉤虫)で、それらは十二指腸虫とも呼ばれる。成虫は体長12㎜位で、卵あるいは幼虫の状態で、経口または経皮的に人体に侵入する。経口的に人体に侵入した虫卵は小腸で孵化して、幼虫は小腸壁から血流に乗り肺に達する。経皮的に侵入した幼虫も血流に乗り肺に達する。多数の幼虫が肺の細動脈に侵入すると被感染者は肺炎症状を呈し、状況によっては重篤化する。鉤虫の幼虫は肺胞を経て気管を上行し、咽頭、食道、胃を経て再び小腸に移行する。幼虫は小腸腸壁に食い付いて、何度か脱皮して成虫に成長する。鉤虫の「鉤」は、「かぎ、金属を曲げて引っかかるようにしたもの」の意味である。鉤虫の頭側は円形の口唇状を呈し、背側に数本の鋭い牙(鉤)があり、それで腸壁に喰い付く。成虫は小腸壁で吸血しながら生活し、ヅビニ鉤虫の雌虫は、1日に1万~20万個の受精卵を産卵する。被感染者は(鉄欠乏性)貧血を呈する。

1970年代の高度成長期前までは、農家の人は窒素肥料として、硫酸アンモニウム(硫安)も使ったが、人糞尿も使っていた。十分熟成させて高温に晒された糞尿を畑に撒けば、窒素成分も植物に取り込まれ易い養分に変化し、寄生虫卵も死滅する。たまに未熟な状態の糞尿を使うと、最終的にヒトに寄生虫が感染する。火を通さずに生のお菜などを食べていたから、当時多くの人は腸に寄生虫を持っていた。雌鉤虫が生む多数の受精卵を経口摂取すると、重篤な消化器、呼吸器症状を呈することがあり、本邦では、「若菜(わかな)病」として知られる。ロマンチックな病名だが、特に初夏に糞尿で汚染された若菜を生で食べて発症する。

蛔虫や鉤虫の駆虫には、昔はサントニンを飲んだ。晩ご飯と一緒に飲むと翌朝、世の中が黄色く見えた。(飲んだ人、特に私が言うのだから間違いない)その後、コンバントリンと言う薬が主流になった。「今晩取(と)りん」と覚えると良い」と教わった。後で述べる蟯虫症の駆虫もコンバントリンが効く。その後、蛔虫症、鉤虫症は完全に淘汰され、コンバントリンは販売が中止された。現在、手に入るのは次に述べる蟯虫症に効くパモキサンだけである。

蟯虫症は1970年代なって多く見られようになった。成虫は盲腸あるいは虫垂で生活し、雌虫は夜間に大腸を経て肛門外に出て、そこで受精卵を産卵する。被感染者は殆ど症状を呈さないが、雌虫が夜間、肛門の外を這い擦りまわるので、痒みを訴え不眠になる。本邦では1980年ごろから生活様式が近代化され、密集生活をするようになって感染者が増えた。肛門にセロテープの粘着部を押しつけて、虫卵を採取して顕鏡する。虫卵がハウスダストに交じって拡散するので、家族内感染がおこり易い。一人が感染してパモキサンを飲んで駆虫されても、他の人が感染していれば、またその人が受精卵をまき散らし、再び最初の人が感染することになるので、家族全員が同時に駆虫薬を服用する。

他に、ヒトに感染する線虫類に、糞線虫、(東洋)毛線虫などがあるが、ここでは述べない。

線虫を利用する:最近になって線虫を使ったガンの早期発見に関する記事を散見するようになった。尿を採って線虫のいるシャーレに滴下する。ガンがあると、ある種の化学物質に誘われて線虫が寄ってくると言う。検査は有料で受けられるシステムさえある。しかし臨床検査の専門家の話では、現時点ではあまり推奨できないらしい。自然科学には、検査の感度(sensitivity)と特異度(specificity)と言う言葉がある。( 下図 )   専門家によれば、感度、特異度とも問題だと言う。もし擬陽性に出た場合、被検者はいらぬ心配をし、例え診察や諸検査で陰性だったとしてもそれが真実か?あとあと悩まなければいけない。偽陰性だと見逃しに繋がる。

専門家によれば、感度、特異度とも問題だと言う。もし擬陽性に出た場合、被検者はいらぬ心配をし、例え診察や諸検査で陰性だったとしてもそれが真実か?あとあと悩まなければいけない。偽陰性だと見逃しに繋がる。

今のところ、私たちが生活するに当たっての線虫の有効利用法は見当たらない。線虫は研究に利用され、自然科学、特に生物学の知見を広げることで十分である。さらに、線虫は地球上の大事な掃除人(scavenger)なのだから。

 

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