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私の本の読み方 14.ライ麦畑 志賀直哉 v.ノイマン

2024年2月3日

「The Catcher  in the Rye 」(ライ麦畑でつかまえて)J.D.Salinger   村上春樹訳  原著は青春を描いたアメリカの小説である。この本の翻訳者はたくさんいるが、村上春樹と言うのが味噌である。私は昔(2,006年)読んだが、その時はあまり面白いとは思わなかった。今回も丁寧に読み進めていったが、途中で人の名が分からなくなり、Web.の「ネタばれ あらすじ解説」を見てしまった。大雑把に言えば、「妹が可愛いくて仕方がない生意気な高校1年生が経験した、2日間の物語」である。主人公は同級生には馴染めず、信用していた大人(かつて教えを受け、その後も信頼していた教師)に裏切られ、ガールフレンドと大喧嘩し、すっかり人間嫌いになってしまう。本の題名は「If a body meet  a body coming through  the rye」の歌から取られている。主人公はの少年は、meet を  catch と間違えて覚えてしまっている。(I’d just be the catcher in the rye and all)    そんなとんちんかん振りが、この本の面白みだろうか。主人公がいつも心に思い描いていることは、「だだっ広いライ麦畑の中で、大勢の子供たちが駆けまわている。主人公がライ麦畑のはずれの崖っぷちで、誤って落ちてくる子供を助けようと、待ち構えている」、そんな感情を描きこんでいる。訳者の村上によれば、この本は、S.フィッツジェラルドのグレート・ギャツビー (2023.10.19  私の本の読み方 9.)と同じぐらい面白い小説だという。歌の話だが、スコットランド歌曲の「ライ麦畑で出会ったら」(誰かと誰かが麦畑で こっそり キッスして いいじゃないの・・・)が、この本の主題である。日本では、ザ・ドリフターズが替え歌で歌って流行った。おなじ旋律の、明治唱歌「故郷の空」(夕空晴れて秋風吹く 月影おちて鈴虫なく・・・)の方が、私には馴染みがある。「志賀直哉集」 現代文学大系 21   筑摩書房  志賀直哉の長編「暗夜行路」と 小品(短編)30編が載っている。多々ある中で私が読んだ文学全集は島崎藤村集に続き2冊目だが、これも読みごたえがあった。暗夜行路は、「母の不義で生まれた主人公が、結婚して妻の不義に悩み、最後に一筋の光明を見出す」と言った長編である。「若者が一度は読んでおいたほうが良い」と言われていた様たが、いま読み返してみて人生の機微を知ってから読む話だと感じた。小説の中で覚えているのは、生まれたばかりの赤ん坊が丹毒で死んだ場面だけだった。「清兵衛と瓢箪」「小僧の神様」は教科書でも取り上げていたし、その他の短編も読みやすい。文章がうまいのだろう。巻末の「創作余談」は、直哉の全著作の解説が書いてあって、直哉を研究する読者の参考になる。「未来から来た男 ジョン・フォン・ノイマン」アナニヨ・バッタチャリア著  20世紀最高の天才、「人間の形をした神」と言われ、原爆、コンピューターの開発に携わった数学者の話である。表紙の顔写真からも、おでこ(前頭葉)が異常に飛び出しいて、いかにも頭が良さそう顔である。原爆開発に関し、オッペンハイマーが倫理的にたたかれていたのに対して、ノイマンは他多分野の思考力の広さから殆ど批判されることなく、第2次世界大戦後の対外政策に携わり、その才能が買われていた。ノイマンの才能は物理にとどまらず、論理数学?(ゲーム理論)に及ぶ。ゲーム理論の応用は経済学から、国の政策決定にに及ぶ。ノイマンは57歳で惜しまれて世を去る。著者もそうだが、アメリカ人は日本への原爆投下を正義と感じているようだ。日本に原爆を投下したことで、「ソ連が日本の支配をあきらめた」と堂々と述べていた。(そうでなかったら、今頃日本は、北朝鮮や東ドイツと同じになっていたと)

 

 

 

 

 

 

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