徒然なるままに 53. 50年前のアカ・ハラ事件 | 市川内科医院のブログ│実験室

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徒然なるままに 53. 50年前のアカ・ハラ事件

2024年5月19日

先日、同級生のKTから電話がかかってきて昔話をしたのだけれど、後でそれって今でいうアカデミック・ハラスメントじゃないの?と思った。 そして、私もその被害者になりかねなかったと思うので紹介します。その前に、この実験室ブログ 5月14日 新聞を読んで  アカ・ハラ・・・を見て下さい。卒業1年前に受けた臨床病理学実習試験が不合格で、同級生71人中17人が不合格になり卒業が1年間伸びるという大事件の顛末です。

はじめに、医学部の授業の仕組みを話します。医学部は6年のうちの初めの2年は進学過程です。3年目から基礎医学の授業ががあり、学1,学2と進んでいきます。学3、学4は主に臨床系の医学です。病理学は学2で習い、学3で臨床病理学実習があります。第X病理学教室は、学生たちにプレパラートが200枚ほど入った標本箱を、一人一人に渡して家でも勉強出来るように指示しました。これまでは。試験位にる標本はこのプレパラート箱の中からでるので、真剣に勉強しました。

一方、その頃(今でも)卒業後基礎医学に進む人は少なく、特に臨床病理学実習を担当する第X病理は人気がありませんでした。教室は新人の取り込みに躍起でした。「ことしの臨床病理実習は落とすとやばいぞ」とのうわさが流れていました。落ちると「勉強させてやる」といって、部屋に机と椅子と図書、顕微鏡、実習標本を置いておくのです。そこで勉強する学生が教室員と親しくなって、卒後病理学教室に入局させる魂胆です。

更に、悪いことに第X病理学教室の NS教授は、こともあろうにヨーロッパのどこかの国に留学してしまったのです。当時大学紛争で学内が荒れており、教授は自分のやりたい研究ができないことが不満だったのでしょう。それにしても、教授が自分の仕事を方っぽり出して長期間留学なんてきいたことがありません。NS教授はNG助教授に含みを持たせてさっさと出かけてしまいました。

臨床病理学実習の試験はNG助教授とHT講師が担当する口頭試問でした。ひとグループ5〜6人で、試験会場に入ってから、各自にいろいろなプレパラートを渡して答えさせる形式でした。KTが受けた時はNG助教授が担当でした。試験問題は渡されていたグレパラーとの中から出ると思っていましたが、その時出た問題は実習で見たこともない標本でした。彼はなんとか答えをひねり出したのでしたが不合格でした。試験で落とす目的で、わざわざ難しい問題を出したのです。当時、卒後に信州に残る学生が少なっかったので、卒後も母校で研修を受けそうな学生をターゲットに、試験に落としたようです。この試験で不合格だったのは長野県内と関東圏出身の学生が多かったです。一方、西日本出身の学生は殆ど通っていました。私は県内出身でしたが、なんとか合格出来ました。

学3の学期末の試験でしたので、不合格者も全員学4の授業を受けることができました。額4の期間に追試で合格すれば卒業させる約束でした。臨床病理学実習の追試に関しては、NG助教授が「次の追試はHT講師に任せてある」と言って逃げてしまいました。NS教授はドイツに行ったままです。HT講師はいつまでたっても追試をやってくれませんでした。運の悪いことに、当時大学紛争で学生たちはストライキを行っており7月下旬の夏休みに入った時期から、次の学期の授業ボイコットを着またいました。結果的に10月いっぱい授業ボイコットが続きました。11月から授業とポリ・クリを再開して、翌年の1月から卒試、合格者は卒業となりました。しかし臨床病理学実習の追試は、HT講師がいつまでものらりくらり逃げていて、実行されませんでした。結局臨床病理学実習不合格組は宙ぶらりんのまま全教科の卒試を受けました。卒試は全員合格したのですが、臨床病理学実習不合格者は追試をやらないまま全員留年になってしまいました。そのような訳でわが級友は71人中17人が留年となり翌年度に卒業しました。落とした17人は試験を行ったNH助教授を恨んだのですが、追試を行わなかったHT講師をさらに恨んでいました。結局、教室ぐるみでグルになって教室員を増やそうとしたのです。結果的に、17人は誰も第X病理学教室には入りませんでした。(誰が、入ってやるものかと・・・)

いま思うと、私も危ないことでした。試験に落とされたのは県内、関東圏出身者が多く、良く勉強をしていた優秀な学生を落とすわけにはいかないので、そういう学生には標本箱のプレパラート(易しい問題)を出題しました。私はごく普通の学生だったのでターゲットにされたようです。私に渡されたプレパラートは、借りた標本箱には入っていなかったと思います。ただ、学1、学2の時渡された解剖学実習のプレパラート箱で見た覚えがある脊髄の標本を思い出しました。脊髄の後索が変性している印象です。「脊髄後索が変性しています」と答えたら、NH助教授はびっくりしたような顔をして「良く分かったなあ! そして、疾患名は?」と尋ねた。私は、今までに見たことがない標本だったので頭が真っ白になり、「分かりません」   幸い「そこまで分っていたら落とすわけにはいかない」と言って、ぎりぎりセーフでした。

以上の話は、大量留年を作ったハラスメント事件ですが、医学部、歯学部ではもっと小規模なハラスメントは日常茶飯事です。学問の府と言われる大学でさえこうなのだから、小、中、高校どこでもあるんだろうなあ。

 

2024.06.02  追加  同級生のSMから電話があった。彼は落とされた17人のうちの一人である。病理学の試験の話が出た時、彼は『俺に出た問題は渡されていたプレパラート箱の中から出たので、ほぼ完璧に答えた。しかし試験官のHT講師は『君がそんなに出来るはずはない。何か不正なことをやって答えたに違いない』と言って不合格にされた」と言って怒っていた。とにかく、何かいちゃもんをつけて、試験に落としたのだ。たったの一回の試験で1年間を棒に振った彼らは可哀想であった。

 

 

 

 

 

 

 

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