500 祇園精舎の鐘の声 その51 たかやしろ 投稿原稿 - 市川内科医院のブログ│実験室市川内科医院のブログ│実験室

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500 祇園精舎の鐘の声 その51  たかやしろ 投稿原稿

2026年10月10日

中高医師会会報「たかやしろ」に投稿したエッセイです。今年のテーマは「私のアイドル」です。

私のロートル         市川董一郎
齢80歳になってアイドルでもないから、私の主題はロートルにします。その人の名は伊福部昭、現代音楽の作曲家です。伊福部の祖先は神話の素戔鳴命だそうですから、ロートルも筋金入りです。伊福部家は代々因幡(現・鳥取県)で神官を務めていました。素戔鳴命の息子の大国主命(大黒様)は因幡で白兎を助けましたから、伊福部家の来歴も神話と一致します。明治に入って神官だった井福部の父は明治政府の宗教政策に反発して、北海道で行政職に就きます。
井福部本人の話に戻します。映画「ゴジラ」(1961年)の音楽を作曲した人と言えば、たいていの人は知っていると思います。そして思うでしょう、「日本の怪獣映画音楽の作曲家なんて、大したことはないだろう」と。決してそうではありません。伊福部は独学で学んだ作曲法で、東京音楽学校(公立)、東京音楽大学(私立)で教鞭をとりました。門下生には芥川也寸志、黛敏郎、石井眞木、松村禎三ほか、今をときめく現代音楽作曲家がいます。
ところで、ゴジラのテーマはクラシック音楽としても、良く考えられているそうです。伊福部はこの旋律で多くの音楽曲を作曲しています。伊福部は長いあいだ東宝映画社で、映画音楽の作曲とオーケストラ指揮をしていました。当時の東宝映画のほぼすべての作品に携わっていました。初代「ゴジラ」には伊福部作曲の音楽が使われています。元気のよい曲、心にしみる曲が、さまざまな場面に効果的に使われています。 私が好きなのは、ゴジラで使われた「フリゲート・マーチ」です。ゴジラを撃退する時、自衛隊の艦船が勇ましく出動する場面で使われています。伊福部が作曲したフリゲート・マーチの疾走感はたまりません。伊福部はもともとメロディーメーカーで、頭の中には様々なメロディーが入っていました。たとえば、ゴジラのメインテーマは、ゴジラが封切られる17年程前の、音詩「寒帯林」にそのメロディーが使われています。フリゲート・マーチの旋律は戦中の伊福部が作曲した 未発表の行進曲によると言われています。解説本によると「単に映画音楽の劇中挿入曲にしては出来過ぎている」と解説されています。良い旋律をどこかで使おうと、心の片隅にしまっておいたのでしょうか。  フリゲート・マーチの旋律はその後の多くの東宝映画、たとえば「怪獣大戦争」「怪獣総進撃」その他に使われました。伊福部が担当した映画音楽の中にはフリゲート・マーチ以外にも行進曲はいろいろありますが、どれも素晴らしいです。
当時の映画は始めにラッシュ・フィルムを編集し、そのあと画面を見ながらセリフや音楽を吹き込みました。伊福部は映画の時間の長さ(尺)に合わせて作曲し、楽団員を集めて指揮をして音録りをしました。伊福部は演奏した楽団員の演奏を尊重して、録り直しは殆どしなかったそうです。実際「ゴジラ」のフリゲート・マーチはトランペットの勢いがあまって、音がひっくり返っていますが、伊福部はその方がよいと感じたのでしょう。トーキーの録音は楽しかったようです。映画音楽の録音は楽団員の後方にスクリーンを置いて、指揮者が動画をみながら指揮をするのですが、動画が面白すぎて楽団員が後ろをちらちら見て音録りにならないので、スクリーンの位置を反対にしたそうです。伊福場は動画を見なくても、尺をしっかり覚えていて、時間内に音楽を収めたのかも知れません。
私が伊福部の音楽に興味を持ったきっかけは、NHK Eテレの音楽番組で片山杜秀がシンフォニア・タプカーラを紹介したことでした。タプカーラの第3楽章は4拍子ですが、最後の拍にアクセントが来るのが特徴です。片山が ポン ボン ポン ポーン と手をたたいて紹介していました。その様子がいかにも楽しそうで興味が湧きました。伊福部作品のCDを集め出してある時、舞踊音楽「サロメ」を何気なく聴いていた時、「ヘロデ、サロメ、ヘロディアス王Ⅱ」の場面で、強烈な音量、早いテンポ、感動的な旋律が聴こえて来てびっくりしました。それ以降、伊福部作品に益々のめり込みました。井福部は多作家で、映画音楽も沢山手がけたので、いま彼の音楽を聴取する手段はいくらでもあります。CDになったアルバムはたいていサブスクリプションで聴けます。You tube でも沢山 アップロードされています。私がよく見る(聴く)動画は、伊福部昭卆寿を祝うバースディー・コンサートで演奏された舞踊音楽「日本の太鼓<ジャコモコ・ジャンコ> Ⅳ 八ッの鹿の踊り」です。この演奏では伊福部自身が指揮棒を振り、伊福部門下の錚々たる9人の作曲家が和太鼓をたたいて客演します。演奏も素晴らしいのですが、伊福部の渾身な指揮は感激的でさえあります。今をときめく大作曲家の真剣な和太鼓の演奏も微笑ましいです。
井福部の作品は、伊福部以外の誰の音楽にも似ていないのが特徴です。そして伊福部の作品はどこのフレーズを切り取っても、伊福部の作品だとすぐ分かります。ひとはそれを伊福部節とよびます。伊福部の旋律は既存の音楽の真似が全くないことが特徴です。
戦後、N響のヨーロッパ公演で、外山雄三が作曲指揮をした「ラプソディー」が注目を集めました。この曲は「八木節」を始めとする日本の新民謡だけで構築されていて、「日本民謡を外山雄三が編曲した」と呼ぶ方が相応しいような曲です。伊福部はその様な借り物の音楽を軽んじていました。伊福部の音楽は、日本的ではありますが、決して日本民謡のまる写しではないのです。唯一、伊福部が借り物の旋律から作曲した音楽は、「土俗的三連画 Ⅱティンペ」だと思います。その中の旋律が、青森県の民謡(子守歌)の「もうっこ」と同じです。土俗的三連画は1935年に作られましたが、約25年後に伊福部は片山杜秀との対談で、そのことを否定しています。私の耳にはどのように聴いても同じ旋律に聞こえます。記憶力の良い伊福部でも時間が記憶を失わせたのだと思います。(このことは私の思い違いかも知れないので、確信は持てません)  ちなみに「もうっこ」の歌詞は、「寝んねば 山からもうっこ来らえ・・・ 」です。もうっこは鎌倉時代の蒙古襲来を歌っているのですが、陸奥の人の時代感覚の粘り強さはすごいと思います。
井福部の父親は北海道の小さな村の村長をやっていたので、井福部はアイヌの人たちの住む田舎の村で育ちました。小学生の頃は遊び相手がいないので、放課後はアイヌ集落(コタン)でアイヌ人の家庭に入り浸って、彼らの生活、歌や踊りに興味を持ちました。学生時代は札幌に住み、独学でヴァイオリンを学び、札幌の交響楽団にも参加し、コンサートマスターも務めました。札幌の街で聴ける音楽(ロシア人のパン屋が弾くヴァイオリン、町中の三味線師匠の音楽、北海道や樺太少数民族のアイヌやギリヤークの音楽)に親しみました。卒業後、道内の営林署に勤務しながら、コツコツ作曲をしました。たまたま、「日本狂詩曲」をパリで催された日本の若手作曲家対象のコンクール(1935年)に出品し、チェレプニン賞を受賞しました。主催者のチェレプニンはその後来日して、伊福部につきっきりで教授し、以後の伊福部の作品に大きな影響を与えました。
終戦後、伊福部は音楽学校、音楽大学の教授をしながら、学生教育やクラシック音楽の作曲に励みます。その後、東宝映画社に所属して数あまたの映画音楽を作曲します。存命中は日本の現代音楽の重鎮として、音楽界に多大な影響を及ぼしました。私のお薦めの伊福部作品は数限りなくありますが、特にお薦めはこれまでにとりあげた作品と以下の作品です。 「オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ」 「ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ」 「交響譚詩」  舞踊音楽「プロメテの火」 邦楽器合奏曲『郢曲「鬢多々良」』 その他です。
私のもう一人のロートルは、先ほどから名前が出ている片山杜秀です。片山はNHKではTVでもFM放送でもクラシック音楽解説でお馴染みなので、皆さまも名前ぐらいは知っていると思います。片山は慶応義塾大学法学部の教授で、専門は政治学です。政治学者が音楽解説者と言うのも不思議な話ですが、片山は音楽全般にやたらと詳しいのです。クラシック音楽の解説にしても、専門の政治学に絡めて作曲の時代背景を分かり易く説明してくれます。NHK-FM 土曜夜の「クラシックの迷宮」を聞けば、片山の博識ぶりが理解出来ます。たまたま、昭和時代の歌謡曲や映画音楽が掛っていたとしてもがっかりしないで下さい。これらの音楽も、ちゃんとした音楽理論に基づいて作曲されているからです。聴けばよく分かります。
片山は伊福部の大信奉者で、さーって言うと伊福部が出てきます。私が伊福部を知ったのもNHK-FMで片山の音楽解説でした。最近、片山は伊福部の評伝「大楽必易-わたくしの伊福部昭伝」を上梓しました。片山は伊福部の音楽を「大楽必易」と表現しました。「大楽必易」は中国古典「礼記」の言葉ですが、 「真に大きな音楽、芸術は奇をてらったものではなく、平易で自然なものである」と説明されます。これは、伊福部が普段から言っていた言葉で、門下生達にも常にそのように教授してきたそうです。片山は昭和30年代に伊福部家に出入りし、伊福部に質問しまくったそうです。私がこのエッセイで書いたエピソードの殆どはこの、「大楽必易」からとりました。
ルックスはアイドルの十分な判断材料になりますから、私のロートルにも当てはめてみます。伊福部は温厚で上品な顔つきをしています。昔の人としては大柄な方で、さすが素戔鳴命に繋がる家系の体型です。指揮をしている姿も荘重な雰囲気が漂います。ただ残念なのは伊福部は愛煙家で、指揮をしているとき以外は常に火のついた紙巻きタバコを手放さない事です。それさえ無ければいい男なのですが! ひきかえ、片山は普段聞き慣れているFMラジオの音声から想像する姿とはかけ離れています。詳細はここでは書きませんが、ビデオの画面を何度も見ていると、これはこれで趣があると感じてしまいます。声と顔が一致しない典型例です。

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