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497 祇園精舎の鐘の声 その50  うばたまむし 投稿原稿

2026年9月29日

それでも貴方は酒を飲み続けますか?           市川董一郎

以前の「うばたまむし」でも書きましたが、私が完全断酒してから今年で15 年になります。完全断酒と言っても、糟漬けや酒糟の入った味噌汁くらいは口にするので、それ位は勘弁してください。15 年以前までは私は酒を浴びるほど飲んでいました。自分ではアルコール依存症ではないかと薄々感じていましたが、何かと言い訳して、自分には当てはまらないと言い訳してきました。ある時、たまたま肝臓病の権威に腹部を触診して貰った時、軽度の肝腫大と軽度の肝硬化を指摘され、断酒を指示されました。肝臓が繊維化して、且つ腫大しているとのことでした。今は慢性肝炎の状態だが、進行すれば肝硬変から肝がんに移行するそうです。それまでに肝機能を何度か調べましたが、数値は正常値でした。先生に言わせると、「肝機能の数値だけでは初期の肝障害は診断できない、肝臓の触診所見の方が診断には有用」だそうです。今酒を止めれば、肝臓の繊維化は進行せず、場合によっては触診所見も改善するそうです。この言葉に勇気をもらって完全断酒に踏み切ったのですが、今になって思えば危ない所でした。今年、私は年齢 80歳を迎えました。同年輩の仲間たちと比べても元気でいられるのは、酒を止めたせいかと自負しています。私が酒を止めた15年間に学んだことをここに記載して、読者の皆さまも健康で生き生きした人生を歩んで頂きたいと思います。

アルコールと言う言葉はアルコール基を持った物質の総称で、普段口にしたり皮膚消毒に使う物質はエチルアルコール(エタノール)です。ところで、エタノールの比重は 0.789 です。容量(vol.)%が100%のエタノールは、重量(通常は無記名)% では78.9% と言うことになります。エタノール飲料では、一般的に「度」が使われますが、この表示は容量%です。15度の日本酒は、100ml 中にエタノールは15ml含まれていますが重量%では 11.8% です。逆に容量%(度)は、重量%の1.267倍です。

いま、手元に消毒用エタノールがあります。有効成分表を見ると、本品100ml中、エタノール…83ml(76.9~81.4vol.%)と書いてあります。あまり濃度の濃いエタノールだと、細菌やウイルス細胞の表面の蛋白が凝集してしまって、殺菌能が低下するそうです。細胞に対するエタノールの直接作用は、脱水作用です。脱水が進むと細胞中の蛋白は凝集するため、細胞は壊死するか遺伝子が傷つきます。ウイスキーやウォッカの様な、エタノール濃度の高い酒をよく飲む人は食道がんになり易い事実があります。

エタノールは永久プレパラート作製では脱水の目的で使われます。エタノールの濃度を徐々に高めていくと、組織中の水分が抜けてエタノールに置き換わります。最終的にエタノール100%の組織を加熱したパラフィンに浸けこめば、組織の水があった場所はパラフィンで置き替ります。エタノールのエチル基は親油性があり、水酸基は親水性です。組織の水分をパラフィンで置き換える行程でうまくアルコールを利用していますね。

エタノールの代謝について述べます。エタノールはアルコール脱水素酵素(ADH)とアルコール酸化酵素(MEOS)の働きで、アセトアルデヒドに変わります。アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素(ALDH)が働いて、酢酸に変わります。最後に酢酸は2酸化炭素と水になって体外に排泄されます。酒が強いか弱いか、悪酔いするかしないかはそれぞれの酵素の多寡に影響されます。一連の反応は酸化反応で、それぞれの段階でエネルギーが生じます。エタノールはアセとアルディドを経なければ代謝されないのが問題です。 アセトアルデヒドはALDH周囲の組織から酸素を奪って酢酸になりたがります。つまり強力な還元剤です。組織から酸素を奪うから、組織は酸欠の状態になり、組織は障害されます。エタノールによる組織障害の殆どはアセトアルデヒドが原因です。

アセトアルデヒドは組織から酸素を奪って、自分は酢酸になりたがります。言いかえればアセトアルデヒドは強力な還元剤です。周囲の組織は酸欠状態となり障害されます。アセトアルデヒドのメチル基が水素に置き換わったものがホルムアルデヒド(ホルマリン)です。

エタノールとアセトアルデヒドが人体に及ぼす影響は多臓器に亘ります。最も多いのが肝障害です。最初に起きるのが脂肪肝です。この時点で断酒すれば回復しますが、肝繊維化が進行した慢性肝炎では回復は望めません。さらに進行すれば肝硬変、さらに肝細胞癌に進めば回復は望めません。

エタノールとアセトアルデヒドは膵臓にも作用し、慢性膵炎は極めて厄介な疾患です。慢性膵炎は膵がんや糖尿病を併発します。消化管のがん(食道、胃、小腸、大腸、胆管)も、直接的、間接的にアルコールが影響します。

脳組織、神経組織の障害が一番問題です。急性作用の代表は麻酔作用でしょう。急性アコール中毒では、知覚が減弱し昏睡に至ります。 脳幹部はアルコールには比較的強いが、新皮質と呼ばれる大脳皮質は障害されやすいです。急性アルコール中毒はウエルニッケ脳症とした現れ、意識障害(ぼんやりする)、運動失調状(足元がふらつく)が主症状です。長期間の飲酒では、皮質全体が委縮するコルサコフ症候群が知られます。記銘力低下、失見当識、作話、物忘れ、情動変化、幻覚が現れ、この症状が出ると回復は見込めません。

大脳皮質の前頭前野は感情をコントロールする重要な部分です。ヒトがヒトでいられるのは前頭前野が働いて、目の前の刺激、その場の感情、相手の表情から次に行うべき行動の是非を判断しています。普段からキレやすい人は前頭前野の機能が低下していると言えます。酒を飲むと前頭前野の働きが抑制されるので、さらにキレやすくなります。いわゆる酒乱の状態です。素面(しらふ)でもキレやすい人は、注意してください。酒を飲むとこの性癖がさらに強まるからです。家庭内の酒乱でさえそれまで築いてきた地位を失った人がいます。いわんや公(おおやけ)の席でのちょっとした暴力で、いつの間にか社会から消えていった人は枚挙のいとまもありません。

J.L.ジョーンズ著 「馬のこころ」に以下の記述がありました。「馬は肉食動物(捕食動物)に襲われる生き物(被食動物)なので、視野に何か見掛けないものが現れると、なにも考えずにとにかく逃げる。(馬が何かの驚いて突然駆けだすことは良くある) ヒトの脳では刺激が視床にとどくと、その信号は大脳基底核に進む。大脳基底核は行動を指令する部位だが、そこは前頭前野と繋がっている。前頭前野は考えて行動するように大脳基底核の働きを制御している。ヒトは五感の刺激が入ってもすぐに行動せずに、これから何をすべきか考えて、それから行動する。一方、馬の脳には前頭前野がはじめから欠如していて、視床に何か信号が入るとそれが何であろうとすぐに行動する。馬は大脳基底核が勝手に働いてとにかく逃げるだけなのだ。」   ヒトは酒を飲むと虎になると言うが、馬にもなるのです。

アルコール依存症は、2つの神経伝達物質が影響しています。GABAは感情の興奮を抑制します。アルコールはGABAの作用を増強するので、酒を飲むと社会的な不安が低下し、気分は落ち着きます。ドーパミンは報酬系に作用し、気分高揚、歓喜を強めます。アルコールはドーパミンに対しては作用増強的に働くので、飲酒要求が高まります。慢性的なアルコール多飲はGABAの作用を減弱するので、ドーパミンの過剰分泌と相まって、アルコール飲用は依存的になり易いのです。

私は医者になった頃から大量飲酒者でした。たまたま就職した病院では飲酒を咎めるどころか、沢山飲んでどんどん仕事をすることを推奨していました。その後研修した大学の内科教室でも、1日日本酒2合までならOK!でした。私は拡大解釈してその1.5倍ぐらい飲んでいました。65歳になった時、薬剤性肝障害になりました。その時診てくださった医局の先輩の先生にアルコール性脂肪肝を指摘されました。私はその年まで肝機能の数値は上がったことはありませんでした。ただ「自分ではちょっと飲み過ぎかな、でも依存症にはなっていない」と勝手に自己判断していました。先生は私のお腹を触って、「君の肝臓は硬くなっているよ。このまま酒を飲み続ければ、将来は肝硬変から肝がんになって死ぬよ!」とおっしゃいました。確かに肝臓を触られるといやな感じがしました。先生に「これまで肝機能の数字は全て正常でした」と話したら、「数値が正常でも肝臓が硬くなっている人は沢山いる。今止めれば肝臓は正常の軟らかさに戻る可能性がないわけではない」そうです。その一言で、私は完全断酒を決めました。

何が良かったって、それまで感じていたあらゆる不安が解消されたことです。挙げればきりがないので、ここでは敢えて書きません。ただ、飲酒中は日常生活のストレスを酒で解消していたせいか、断酒して5年ほどしてうつ病になりました。酒を飲んでうつを治すより、抗うつ剤でうつを忘れる方がよっぽど健康的だと考えて、いまは自分のやり方を変えるつもりはありません。

ヒトが一生に飲めるエタノールの量は、200kg と言われています。計算すると、日本酒1日あたりの飲量×年数>76 の不等式が導かれます。たとえば、日本酒1日 3合を飲むとすると、25.3年間で越してしまいます。 1日 1合なら 76年、2合なら38年間飲めると言うことです。私は、1日3合を40年間飲んでいました。とうに許容量を超えていたのです。

ソバーキュリアスと言う言葉があります。 sober は「しらふ」、curious は「好奇心、興味」です。「酒は飲めるけど敢えて飲まない」と言う意味です。ソバーキュリアスには、飲酒量を減らす、特定の場面だけ飲まない、期間を決めて減ずる、などの柔軟な選択を含みます。ここまで私の拙文を読んで下さった皆様、どうぞ未来に向けて爽やかな人生を歩んでみま

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