妙高市関山・宝蔵院跡
2019年4月14日
宝蔵院は江戸時代は関山権現の祭礼や社寺の管理を行っていた天台宗の大きな寺院でした。当時は江戸寛永寺の庇護を受け、神社を護持するとともに、妙高五山の朱印を拝領し、百万石の耕地を持つ妙高山麓一帯を支配していました。明治になって廃寺になり建物も取り壊されましたが、この遺構はいまも残り、礎石、石組は国指定名勝になっています。
雪が解け補修工事がすめば、妙高山を借景にして正面の石組から滝が流れ落ちる美しい庭が現れると思います。
2019年4月14日
宝蔵院は江戸時代は関山権現の祭礼や社寺の管理を行っていた天台宗の大きな寺院でした。当時は江戸寛永寺の庇護を受け、神社を護持するとともに、妙高五山の朱印を拝領し、百万石の耕地を持つ妙高山麓一帯を支配していました。明治になって廃寺になり建物も取り壊されましたが、この遺構はいまも残り、礎石、石組は国指定名勝になっています。
雪が解け補修工事がすめば、妙高山を借景にして正面の石組から滝が流れ落ちる美しい庭が現れると思います。